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[SPEC]「行きましょう、アサクラ」の行きましょうは何処を指しているのか

SPEC ASK - List No.04
[Q]「行きましょう、アサクラ」の"行きましょう"は何処を指しているのか

 といーじさんから頂きました!ありがとうございます(*´ω`*)。「何処でしょう~、何処でしょうか~、何処なんでしょうか~?ねえ真山さーん?あれえ、真山さん何処ですか~?」

 


[A] That's "波のゆくさき" !!

  一言でまとめると"異世界"。大きい意味だと"ガイアの認識する本当の全空間にある別のバブル"になるのでしょうか。

  神はサイコロを、振る。そこは人類のいないバブルかもしれない。神族のみのお茶会の場かもしれない。ちょっくら眠ろうかとベッドに行くのかもしれない。結局「どこかへ行った」というのが答えのように思います。但し、この2人は人類に高い関心を示している。以下に引用していますが、何度も人類を試していることが分かります。そして「繰り返し」を期待するアサクラの言葉に「行きましょう」と添えるガイア。やはり、人類のいる別のバブルに移動した、と考えるのが自然でしょうかね。

 別のASKで、ガイア達が人類に執着した理由について書いてます。よろしかったらどうぞ!
 → SPEC ASK - List No.06

 

    (爻より引用)

    ―――地球ごとタイムリープした瞬間を観測しながら―――

    男「世界の歴史が、時折巻き戻されていることに気付く者は、やはり誰もいないようだな」
    女「生物が保つ意識の数だけ世界はある。そしてある面積以上の重なりだけが認識され、時にそれがこの、世界と呼ばれる。本当の意味での世界や時間を知る者は居なかったわ。当麻を覗いてはね」
    男「当麻はその無闇地獄の中にいる訳か」

     

    ―――瀬文が当麻の手首を強く強く掴み、そして当麻が瀬文を見て微笑んだ頃―――

    男「そして再び歴史は繰り返す。波の行く先のように」
    女「行きましょう、アサクラ」

 少し講義みたいな事、いっちょまえに書いてみます。

 現代物理の量子論では「見えないものもそこにある。見えない時でもあっちやこっちやどこかにいる。これが真の姿である」とされています。私達人類が見つけたミクロ(量子)です。「理由は分からん!でも結果は間違いなくそれ(確認出来ない"何か"が間違いなく影響を及ぼしている)を立証している!つまり……、予測は立てられない、曖昧であることが必然、それが正しい。」とても理系の意見とは思えないですよね、口開けちゃうポカーンの世界です(笑) でも、何度も何度も試しても結果はそれを示した。見えない何かがいる事を認めざるを得なかった。そこに現れたのが「細かいことは気にするなー!それわかちこわかちこ~♪」のポーアの登場です。笑ってしまうほど大胆な"とりあえず分からないことは横に置いておく"という割り切りで量子の世界は飛躍的に進歩しました。もともと大元で量子論を仮説したプランクとは大違いです(プランクは量子の第一提唱者なんですが、いくら周りが絶賛しようとも、一番量子に対して懐疑的で「本当に"曖昧"であることが正しいなんてあり得るのだろうか」と自分で立てた仮説に悩み続けたと言われています)。しかしこの量子の父プランクの仮説があってこそ追い越せ追い抜け、マクスウェル・ヘルツ・ラザフォード・パルマー・トムソン、アインシュタイン・ポーア、プロイ・ポルン・ファインマン・ハイゼンベルグ・ノイマン・エベレット・パウリ・ディラック、そして我らが(?)シュレーディンガー。他にもまだまだまだまだたくさんいます、量子論の研究に没頭された物理学者様たち。お陰で今の暮らしが成り立っています。パソコンとか電子機器なんかも完全に量子論さまさまで完成した代物です。

 書いておきたいのは、これが信じられないほど運命的。現実は小説より奇なり、否えなり(←係長いただきましたー!)。この時代(1900年前後)に、世界のあちこちで、偶然にもこれだけの天才が揃いに揃って「結局は曖昧が正しい」「見えてなくても存在はしている」と結論付けていったという点です。こんな奇跡、あるものなのでしょうか。ネットもメールも無い時代。凄い事です。しかも、ファティマの予言はこれら量子論の説が進んでいった後の1917年に啓示が行われているのです。凄くないですか?この100年、ドラマティック過ぎてむしろ出来杉君じゃないっすか(笑)。この時代に生きている人、探したらいますよね。ファティマの予言からまだ100年、満たないんですよ。ロマン~。

 脱線しましたが。コホン。つまり、量子論が認知されてから、まだ100年ちょいという事になります。当然まだまだ研究は続いている。日本では2002年に小柴先生、2008年に南部先生、益川先生、小林先生の3人のノーベル物理学賞の受賞が記憶に新しいです。「無は無ではない」「初期宇宙が今に至ったわけ」なんかを提唱なされた。これも量子論・素粒子研究を基礎としてそこから大きな世界を見せてくれたのです。

 

 そんな量子論では「波」と聞けば量子そのものを思い浮かべます。ちっちゃいちっちゃい超ちっちゃい素粒子よりちっちゃいミクロの物質は、単体で波打っている、と言われているからです。海の波のように連なっているのではなく単体で。しかも観測出来ない。だーるまさんが転んだ!と同じように、見ていない時は波打っているけれど、見ちゃうと止まってしまう。(これは観測するときには絶対に必要となる"光"が影響しまう為、という説が現在有力です)

 そんな恥ずかしがり屋の量子さん。ちょっと話が逸れますが、なんだか人間にも似ていますよね(笑)人が人の「あるがまま」の全てを見ることは出来ない。自分自身を理解することだって出来ない。予測だって出来ない。「今自分が見ているから相手はこう行動するのだ」「今自分は、相手に見られているからこう行動してしまうのだ」に似ています。更に面白いのは「じゃああるがまま、誰にも見られていない時はどうなのよ」ってところですが、"あるがまま"自体が何なのか決定付けられないのです。全ては曖昧なのです。誰にも見られていない時、自分が自分を意識していない時、どうなるか、それはその時になってみないと分からないのです。(お?シュレーディンガーの猫に話が飛躍してしまいそうだぞ?ストップストップw)

 とにかく。量子の行動は予測出来ない。計算なんて出来ない。自分の行動にだって確実に選ぶ行動なんて無い。全ては結果、結果が全て。です。

 冷泉「未来は絶対なのです。ですが、未来を知れば今の自分を変えられる。今の自分を変えることができれば未来も変わる」。沫嶋黎士「未来は変えられる、未来を変えれば過去が変わる」。そして忘れてはならないのが野々村係長の強い想い。「わたしは人類の未来を信じている。なぜなら命ある限り全ては変えられるからだ。命とは希望の光そのものだよ。だからどんな悲劇が起ころうとも我々人類はそれを乗り越えていける。そのための進化だと私は信じている。」

 「絶対の未来なんて無い」、量子論の世界は、SPECの世界にぴったりシンクロしています。安堂ロイドにもシンクロしてますw

 勿論まだ100年とちょっとの分野、量子論。勿論今後も色んな研究が進んで更に量子のことが分かってくれば計算出来る情報も増え、もっともっと量子・ミクロに迫る事が出来るのでしょう。なので、アインシュタインやラプラスの主張「完璧なデータがあれば未来が分かる」「予見出来ないのは十分なデータが無いからだ」や、SPECのセカイ「未来は決定している」。そして初期の安堂ロイドが言っていた言葉「未来は決定している」が、本当は本当に正しかった、となる可能性もあるわけです。

 

 結局、現代物理における解釈では「神はサイコロを振らな……くなくなくない。サイコロ振りまくり!」とされてます。ここで言う神をガイアとアサクラだとするならば、それこそサイコロを振って、違う世界を覗きに行くのでしょう。目的なんて無い。ガイアの気まぐれ。物理学的に言うところの「多世界解釈」。

 セカイの言葉を借りるわけではありませんが、本当に何故人類は進化を続けることが出来ているのでしょうね。知能をどうして神は与えてくれたのでしょうね。猿人から人へと時間をかけどんどん進化してきた私達。不思議です。そして今もその進化は続いている。ちなみにそれは人に限ったことではなく、たくさんの動物や植物が進化・変化している。人間と会話が出来ないだけで彼らにも実は進化している知能があるのでしょうか。

 

―――閑話休題―――

 

 お題に戻ります。冒頭に引用した男と女の会話。男をアサクラ、女をガイアとして解釈します。世界は人の意識だけ存在する。ガイア自身がそう話しています。つまり「人が意識する世界と、ガイアの知っている世界は違う」という事ですよね。ガイアは大きい全てを知っていて、そこに存在させている生物にはそれぞれ、それぞれの小さな世界がある。それは本当に多数あって、中にはパラレルとして多重世界も存在している。

 そこに加えて「そして再び歴史は繰り返す。波の行く先のように」。波を量子論で解釈すれば、つまり結果はその都度変わるということを示します。歴史は繰り返すけれど結果は異なる。人の意識の分だけ存在する世界。つまりは無限に存在する世界を、ガイア達は眺めている。時間を巻き戻すバブルもあるけれど、巻き戻さないバブルだって存在する。

 

 ガイア達は当麻やセカイ達の戦いの結末を見守った後、サイコロを振るかのように気まぐれに違うバブル・違う時間を覗いているのではないでしょうか。そう、未詳にあった水槽を拡大鏡で覗いていた人間のように。たくさんいるミジンコの"その一匹"を見るのは偶然ですよね。ちなみにこのガイア達の行動は、まさに「未来は決定していない」ことを裏付ける行動に思えます。決定していないからこそ、観測している。「本当の意味での世界と時間を理解した、出来たのは、結局当麻だけだったな……」的な発言から見ても、人類に対し、何かを、期待している……? (※別のASKで、ガイアが人類に期待した内容について妄想してみました。よろしかったらどうぞ(/_\) → SPEC ASK - List No.06)

 そういえば、ミジンコの遺伝子は3万1000個以上にのぼり、ヒトよりも8000個も多いそうです。また、自分とおなじクローンしか産まない単為生殖期と、交配して子孫を残す有性生殖期があるらしいです。この出産方法、アレ思い出しませんか?……そうです。神族です。特にガイア。交配をせず自分だけで子供を産む事もあれば、交配して子を設ける事もある。ミジンコは、ヒトよりもずっと神に近い存在なのかもしれません。

 

 当麻と瀬文が存在した、私達が愛した"ケイゾク・SPECの世界"は、当麻が命をかけて守った。そして当麻が愛した人達は当麻に守られ、時間を巻き戻され、記憶も無くしてしまったけれど、再び当麻が愛したみんなが、当麻が望んだ通りに、新しい違う世界で笑っていました。寂しくも悲しくもあるけれど当麻自身が選択した事。愛に満ちた当麻の心は、見ている私達を惹きつけましたね……。

 ただし!1人だけバケモノがいました。…瀬文です(笑) 強く強く、それは当麻の力さえも超える強さで当麻の事を想った瀬文は、更に違う世界をも創りあげてしまったのです。自己を戒めながらにも当麻を認識出来る世界を創りあげたのです。当麻はそんな世界があることに気づいて、驚いて、そして瀬文の気持ちの全てを理解して、にっこりと瀬文に微笑みかけるのです。まっすぐ瀬文を見て、微笑むのです。瀬文もボコボコにされた顔ながらも、微笑むんです。「ほれみろ。俺にはSPECなんぞ要らん!どーだ!」と言わんばかりに。でも微笑んでいても、瀬文は当麻の手をしっかりと掴んで離さない。本当にしっかりと掴んで離さない……。一生離さない。それは永遠なのかもしれません。そして2人の意識によって、また新しく交差点を歩く当麻と瀬文のバブルを創りあげた。共に生きていける世界を存在させる事が出来た。(´;ェ;`)ウゥ・・・。

 

 この記事を書いている時にエンドレスリピートでTHE RiCECOOKERSの「波のゆくさき」「NAMInoYUKUSAKI」をかけ続けていましたが、わたし的には小難しいことを書いており普段なら眉間にシワを寄せているところなのですが、この記事ではついつい当麻と瀬文を思い胸が苦しく悲しく泣きそうになりながら書いてしまいました。本当に世界観にぴったりだよなあ、この曲。

過去に書いた記事もちょいちょい書きなおしたりします。記事作成日はリスト調整のため、手動でいじる事が多いため、観賞順ではありません。
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