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セブン

初見
[あらすじ]

 定年退職間近の刑事サマセットと新人のミルズは、ある殺人現場に向かう。そこには肥満の大男の凄惨な死体があった。またほどなくして、今度はビジネスマンの死体が発見される。サマセットはそれぞれの現場に残されていた文字から、犯人がキリスト教における七つの大罪(傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲)に因んだ殺人に及んでいると分析、残るは5件となった。事件を未然に防ごうと犯人の特定を急ぐ2人。やがて一人の男が容疑者に浮上、しかし接近するも取り逃がし、さらなる犠牲者を出してしまう。そんな中、大罪に沿った犯行が残り2件となったところで、犯人を名乗る男が自首して来るのだが…。

 

 後半のドライブシーンあたり以外は常に画面が暗い。7つの大罪。社会的カテゴライズはサスペンスなようだが、私見としてはヒューマンドラマ、悲劇。モーガンフリーマンにケヴィンスペイシーと安定のキャスティングです。あ、あとブラピ。 

 話自体は大変にシンプルで分かりやすい。結末の想像もしやすく、実際その通りに進む。ただ、そのとおりに進むけれど俳優陣の演技が素晴らしくグウウウウと惹きつけられ、あっという間にラストを迎えた。 

 まずは頭の良い・頑固でしつこい信仰深い宣教師。犯人。ジョン・ドゥ。よくある設定だけど、ケヴィンスペイシーが演じたからなのだろうか。深みを感じた。何年も何十年も苦悩してきたのであろうな、とか。この笑いジワ…この物腰…宣教師として優しく語りかけてきたのだろうな、とか。実直に誠実に教えを説いてきたんだろうな、とか。感じさせられた。 

 今の世の中、届かない説法、嘆き悲しみ。伝えようと選んだ手段が7つの大罪を模した殺人。その道を選ぶまでにも何度も苦悩したのだろうな、とか。ジョン・ドゥの部屋。あの真っ暗な部屋。信仰深いからこそ、光を恐れひとつひとつ閉ざしていったのだろうな、とか。壮絶な本の量から、何か他に道は無いのか、絶望しながらも探ったんじゃないのかな、とか。ただの狂人では無く。だからこそ深く悲しく切なく感じた。

 続いてサマセット。モーガン・フリーマン演じる引退を直前に控えた刑事が犯人とシンクロする。

 サマセットは引退する言い訳に「”無関心”、”面倒事には関わらない”、”意見は言わない”、良くない事だと皆知っている。しかし皆それをする。それを美徳とさえしている。この世の中にもう疲れた、もう本当に辟易した、疲弊したんだ」みたいな事を言う。

 サマセットとジョン・ドゥの共通点はとても多い。その中でも自分が信じ大切だと思っている事を自らが守らないところ。この共通点は、この物語の中では大きなポイントだったように思う。

 ミルズの奥さんの相談にのっていた時のサマセットは、わたしの目にはサマセットが嫌う「面倒事には関わらない人」そのものに見えた。そこで違和感を感じた。ジョンの部屋のドアを蹴破ったり、ジョンと撃ちあったりミルズがどんどん突っ込んでいったから進展したけれど、この7日間の事件。最初からサマセットがもっと本気を出して捜査に当たっていたら違う結果があったのでは無いのかしら。

 サマセットは最期までどことなく疲れていて諦めていた。最期にミルズの元へ走るところ以外に必死な顔は無かったように思う。そしてその最期の最期には、更に絶望の顔をしてた。もしかしたらサマセットも、何か後ひとつ背中を押されるような絶望するきっかけがあったのなら、ジョン・ドゥと同じように殺人鬼になっていたかもしれない。

 

 ジョン・ドゥは罪を犯していたが、信仰を自ら破りながらも希望の光を見ていた。そしてその希望を掴んだ。罪を犯していないサマセットの世界には光はずっと無かったし、最後にサマセットの闇はより一層深まり絶望へと化した。 

 丁寧でとても優れた映画だと思う。誰か、友人にみてもらって感想を言い合いたい。

過去に書いた記事もちょいちょい書きなおしたりします。記事作成日はリスト調整のため、手動でいじる事が多いため、観賞順ではありません。
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