ライフ・オブ・デビッド・ゲイル - sacsra / NOTE

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ライフ・オブ・デビッド・ゲイル

初見
[あらすじ]

 全米の中でも死刑の執行回数が飛び抜けて多いテキサス州。大学の哲学科で教鞭を執る人気教授デビッド・ゲイルは、妻と息子を愛する良き父親であり、死刑制度反対運動に熱心に取り組む活動家でもあった。その彼が、今は活動団体の同僚女性をレイプしたうえ殺害した罪で死刑が確定し刑務所の中にいる。デビッドは死刑執行直前になり、突然人気誌の女性記者ビッツィーを指名し、多額の報酬と引き替えに残りの3日間での独占インタビューを許可した。デビッドの有罪を疑っていないビッツィーは彼の話を聞くうち、いつしか冤罪を確信するようになるのだが…。

 

 

 順風満帆、充実した日々を過ごしていても事故のように突然人生は狂う。

 

 ゲイルは普通の人だ。ちょっと頭が良いけど、それ以外は普通だ。普通に欲に負けて、普通に弱くて、普通に悲しいし、普通にパニックになるし。普通に冤罪に怒って、普通に家族に愛想をつかれて、普通に壊れて。どこかの映画に出てくる極端に果敢な主人公とは違う。普通の人。 

 

====

 

 思うと、冤罪発生→裁判→裁判中止(学生側が辞退)→退職→家族離散→[1年後学生から謝罪の手紙が届く]→色々あって→6年後、死刑執行直前。(…おや?普通の人より弱いかも?) 

 

 

 

 

 

 自殺は意外と難しい。人に迷惑をかけないで死ねる方法なんて知らない。恐らく無い。ただし、ゲイルの自殺は迷惑だけでは終わらない死に方だ。この物語の主役であるゲイルらしい死に方。でも自己犠牲とか、そういう類の美談じゃない。ただの自殺だ。弱くて。人の意思に乗っかって。もう人生諦めて。どーにでもなれっていう気分で。 決めただけだ。

 

 心理学を教える立場にあったにも関わらず自分をコントロール出来ない。実に人間らしい。なんとなく最期にかっこつけたくなったのか?それまたゲイルらしい。人間らしい。

 

 自殺を選ぶ前にすべきことはいくらでもあった。方向を変える方法もいくらでもあった。届いた手紙を家族に見せればいいし。浮気症の妻なんてどうでもいいけど、子供には説明出来るようにしておけばいいし。ていうか冤罪だし。周りの目が気になるなら引っ越せばいいし。なにより将来子供が父親に会いたくなった時に会えないし。不倫に走る浅はかな妻だ。子供がつらい目にあった時の逃げ場になってやれないし。

 

 実にバカだ。そこがゲイルだ。すごく人間らしい。そしてだからこそ共感した。

 

 

 

 死刑を憎む、とか、冤罪を憎む、とか、勿論そういう気持ちもあっただろうけれど、そんなんじゃない。ただただ疲れていたのだ。ゲイルはただ疲れただけだ。ただ、最期に死ねる安心を手に入れて、ようやく少し見え始めたのだ。もうどうにでもならなくなった事態の中で、やれることやっておかなければならないことは何か、残しておくべきことは何なのか、気づいたのだ。

 

 この話の中で一番強くて、自己犠牲をしていたのは、あのカウボーイ男。カウボーイ男が冒頭からずっと聴いていたトゥーランドット。有名な自己犠牲のシーンの曲だよね?名前わからないけど。自分を自己犠牲者に合わせて陶酔するなんて気持ち悪いけど、女教授を愛し神のように崇め、約束を守り続けた彼の気持ちは本物で、切ないですね。 

 

 それから全部を理解し最期に手紙を送ったのは弁護士。この弁護士は元々「駄目弁護士」判定されていたけれど、後の行動などから見て分かる事だが、全然駄目じゃない。優秀だ。何より弁護人から全幅の信頼を置かれる。脇役過ぎて記憶にも残らないけれど、それだからこそ素晴らしい。

 

 デビッドゲイル。不思議な映画だな。

 

 

過去に書いた記事もちょいちょい書きなおしたりします。記事作成日はリスト調整のため、手動でいじる事が多いため、観賞順ではありません。
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