スラムドッグ$ミリオネア - sacsra / NOTE

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スラムドッグ$ミリオネア

 前回見た時、解釈に悩んだ2つのシーンが気になったので再鑑賞。 

[あらすじ]

 テレビ番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、賞金を獲得したジャマール(デヴ・パテル)だったが、インドのスラム街で育った少年が正解を知るはずがないと不正を疑われ逮捕される。ジャマールになぜこれほどの知識があり、この番組に出演するに至ったのか。警察の尋問によって、真実が明らかになっていく。

 印象に残るシーンが多すぎて物語の途中については感想は省きますが、辛いシーンも多いけれど、映像が鮮やかでテンポも良くエキストラの数も膨大で迫力満点です。他国者が貧困インドをえげつなく描いたとバッシングも目立った作品のようですが、少なからずも事実であり、そうした国・時代があったことを世界に知らしめたこの作品に、わたしは嫌悪は抱きません。 

 

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 わたしが解釈に悩んでいたのは「何故50/50の問題で正解出来たのか」と「何故最後の問題でAと答えたのか」でした。

 

 まず①「何故50/50の問題で正解出来たのか」

 (※前回見た時も解釈は変わらなかったのですが50/50を使った理由が頭のなかでまとまりませんでした。)

 このシーンは、答えが分からないで悩んでいるジャマールにあえてトイレ休憩を挟み、司会者がこっそり「答えはBだ」と伝えるんですね。でもジャマールは答えに「D」を選ぶ。そしてDが正解。
 これは、ジャマールが生き抜いてきた人生で、人を信じない。特に成功者の甘い誘惑には裏があることを嫌という程、体験してきたからのように思います。散々それまで自分を馬鹿にしてきた司会者が自分に正解を教えてくれるわけが無い。50/50を使ったのは、1問でも多く正解して、ラティカが自分を見てくれる事を願ったから。(´;ェ;`)ウゥ・・・。そして50/50で残されたのは「BとD」。つまり司会者の工作が無ければ、逆にジャマールはここで誤ってBを選んだのかもしれない。

 

 次に②「何故最後の問題でAと答えたのか」

 最後の最後の問題のシーンです。三銃士の三人目の名前について聞かれるシーン。

 (※前回は三人目の答えをジャマールは知っていたのかと思いました。知っていたけれど、もともと三銃士好きだった兄を思い出して連絡を取ろうという気持ちになって。そうしたらラティカが電話に出た。嬉しくて堪らなく。ラティカの電話での答えもジャマールが答えを知っている事を分かっていたからこその笑顔なのか、と思っていました)

 で今回。解釈は真逆になりました。兄であるサリームが好きだった三銃士。対してちいとも興味を持たなかったジャマール。学校でも、ラティカを3人目に加えようと提案した時も、チャンスはいくらでもあったのに3人目の名前を兄から聞かないまま育ってしまった。

 最後の問題で三銃士についてクイズが出た時。ついジャマールは笑ってしまいます。一番知ってて不思議じゃない問なのに知らない。よりにもよってこの質問かよ、と苦笑交じりに笑うのです。

 ジャマールは兄サリームを頼り電話をかけます。兄が答えを知っていることは知っているわけです。もう絶縁、絶交した兄に。しかし電話はいつまで経っても応答されない。「知っている電話番号はこれだけだったから…」実際そうだったのかもしれません。本当は兄に電話などしたくなかったのかもしれない。

 もう駄目か、不安と絶望と諦めの瞬間…、電話に出たのは、ラティカ!驚きと、動揺と、そして興奮するジャマール。ジャマールは、兄がラティカに携帯を託してくれた事、ラティカを自由にしてくれた事、ラティカが自分の電話に嬉しそうに応答してくれた事、一瞬で色んなことを理解したはずです。司会者に急かされるままに問を投げかけるもそれに笑いいっぱいで応えるラティカ。「知らないわ!読んでないもの!」

 この回答でラティカがお金目当てにジャマールの元へ走ったわけではないと解釈出来ます。仮にラティカが答えを知っていたとしたら答えを告げるはず。知らなかったとしたら周りに聞きまくるはず。ジャマールの顔をテレビで見ていたラティカは本当にジャマールがこの問の答えを知らないことを分かっていたと思います。それでもラティカはあの笑顔で「知らないわ!」。くぅ…、泣ける。

 

 というわけで、結局わたしの解釈は"最後の問いには適当に答えた"です。それのほうが感動的だし、それこそ運命的。Aと答えたのは、多分、一番最初だったから。ジャマールの目的はラティカだった。ミリオネアを達成することではなかった。だから「正解!」と言われた瞬間のジャマールの「は?」とも言える何とも言えない驚きの顔。写るのは一瞬だけですが、明らかに「アタリなの?」という顔です(笑)

 そして瞬時に切り替わるかっこいい兄の姿。観客の歓喜。ラティカの笑顔。

 

 前回見た時もそうでしたが、今回改めて観賞して、やはりわたしは兄サリームが堪らなく好きです。いつだって弟の事を一番に考えている。「弟を生かす」事に全てを投じている。弟にとっては兄の意地悪に見える部分も、兄が弟を想う視点で見ると、こんなに幼い頃からどれだけ頼もしく逞しく優しい兄なのか、と思ってしまいます。

 サイン入り写真を売ってしまったことも、ラティカの手を離し置き去りにしたことも、ラティカを扱っていた店の店主を殺害したことも、弟を守るために1人で敵陣に乗り込むことも、更なる悪に手を染めていくことも、全て全て。

 サリームがジャマールを追い出しラティカと二人っきりになるシーンがありましたが、あの時はラティカに手を出したりはしていないでしょう。ただ、それをいつまでもジャマールに話さないのは、早くラティカを忘れ諦めさせたかったからだと。初恋なんて忘れろ、他に女なんていくらでもいるぞ、と。

 

 そんなサリームが最後にラティカを逃しジャマールの元へ向かわせたのは「ジャマールにとって生きる為に必要なのはラティカだ」と深く強く理解したからですよね。それが分からなかったのならば、ジャマールがミリオネアでテレフォンを残したまま最終問題に突入した時点で、クイズをクリアさせる為に自分が電話を持って待機している筈です。

 出来れば、兄の最後のシーンで、冒頭の兄弟で笑顔で手を繋いで走って逃げるシーンの回想があったらなあ。なんて、思いました。

 

 余談ですが、ライフ・オブ・パイの大人のパイも出てきて、ニヤリとします。インド系の顔の人は印象に皆同じに見えてしまうわたしですがこの人だけは見た瞬間に「あ!」と思い出せますね。

 それからミリオネア司会者でヒールを演じていた役者さんのリアルは、こうした子供たちへの支援活動に大変熱心な活動家さんだそうです。最初見た時は知らなかったんですが、今回それを知って改めて見ていたこともあって、ひとつひとつジャマールへ向けた言葉が深く刺さりました。

 

 エンドロールは、初めて見た時はびっくりして(え!余韻に浸らせてくれないの!?頭の整理が出来てないんだけど!)と思いましたが、今回自分なりに腑に落ちる解釈が出来ながら見ていたのとそれが始まることを知っていたので、最後は晴れ晴れしくにこやかに見ることが出来ました。

 社会派映画でもあり、純愛ファンタジーでもありますが、兄の強さがいつまでも残る作品でした。かっこいいよ兄ちゃん!

 

過去に書いた記事もちょいちょい書きなおしたりします。記事作成日はリスト調整のため、手動でいじる事が多いため、観賞順ではありません。
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