<余談>英国王のスピーチ時代背景 - sacsra / NOTE

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<余談>英国王のスピーチ時代背景

 わたし自身、歴史には疎いのですが、英国王のスピーチを見るに当たって、もしくは見た後。この頃の時代がどういう状態にあったのか、知ることで、よりこの作品の持つ力に気付かされると思ったので、少しだけポイントをメモしておきます。

===

年表のおさらいです。ジョージ6世、幼少期は虐められ、成人したら王にされ、第二次世界大戦とその後処理に追われる人生。

西暦 国王 西暦 首相 事件 メモ
    1908 ハーバート・ヘンリー・アスキス  
1909
1910 ジョージ5世(父) 1910
1911
1912
1913
1914 第一次世界大戦 各国はドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアからなる中央同盟国(同盟国とも称する)と、三国協商を形成していたイギリス・フランス・ロシアを中心とする連合国(協商国とも称する)の2つの陣営に分かれ、日本、イタリア、アメリカ合衆国も後に連合国側に立ち参戦
1915
1916 デイヴィッド・ロイド・ジョージ
1917
1918
1919  
1920
1921
1922 アンドルー・ボナ・ロー
1923 スタンリー・ボールドウィン(保守党)①
1924 ラムゼイ・マクドナルド(労働党)①
1924 スタンリー・ボールドウィン(保守党)②
1925
1926
1927
1928
1929 ラムゼイ・マクドナルド(労働党)②③ 世界恐慌 世界大貧困の始まり
1930  
1931
1932
1933 ヒトラー就任 アウトバーン建設等で世界恐慌を克服
1934  
1935 スタンリー・ボールドウィン(保守党)③
1936 エドワード8世(兄) 1936
1936 ジョージ6世(バーティ)
1937 ネヴィル・チェンバレン(保守党)
1938 ミュンヘン会談 宥和政策
1939 第二次世界大戦 枢軸国の中核:ドイツ、日本、イタリアの3か国

連合国の中核:アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国の5か国

1945:終戦
1940 ウィンストン・チャーチル(保守党)①
1941
1942
1943
1944 ウィンストン・チャーチル(保守党)②
1945 クレメント・アトリー(労働党)
1946  
1947
1948
1949
1950
1951 ウィンストン・チャーチル③
1952 エリザベス2世(長女) 1952
1953
1954
1955
   
2013 エリザベス女王陛下、現役でご活躍

 

 簡潔に言うとバーティの父はジョージ5世。国王着任は1910-1935の25年間です。父であるジョージ5世は、第1次大戦から戦後の困難期,そして後期にはついになんやかんやの結果「世界恐慌」発生。細かい事は省いて、とにかく世界が大貧民になった、大パニックが起きた最中、国王は公正な立憲君主として政治の安定化に努め,王室の威信を保ったお方です。ちなみにバーティ同様、ジョージ5世も兄がいたんですよね。時代は繰り返すというか、宿命というか運命というかなんというか。

 そんな中、ドイツではヒトラーがババーンと就任。早々にアウトバーン(なんかものすごい高速道路みたいなもの)を建設するなどしてドイツの貧困を救います。「低所得者層だって休日は自動車にのってお出かけすべきだ!」なんて可愛らしい事を唱え……(=o=;)。ヒトラーの政治のやり方についてここでブツブツ言うつもりはありませんが、まだまだ仮面を被ったままのヒトラーは、当時国際的ヒーローのように称えられ、一気に諸外国に受け入れられたのです。

 しかしヒトラーのドイツはともあれ、イギリスはまだまだ貧困状態。民衆の不満も高まっている中、ジョージ5世(父)が肺気腫もろもろの肺疾患、とにかく肺病オンパレードの病気で他界します。(最後の最後はモルヒネとコカインで安楽死させてあげたそうですが)

※映画の中で吃音の治療に良いと喫煙を薦められたと一生懸命タバコを吸うバーティを叱りつけるローディのシーンがあります。この頃はまだ父は健在だったので、バーティは父のようになりたいと超ヘビースモーカーの父を真似て一心不乱に喫煙していたのかもしれません。後に父の死により、ローディへの信頼は高まったことでしょう。

 戻りまして。父の死後、続くのは、継承順位第一位の兄の着任です。これが本当に酷い。弟(主人公)は幼少の頃より吃音が酷かったことなど、誰よりも重々承知の上。また、産まれた時から順位第一位王子として育てられてきているにも関わらず、この混濁とした時代に1年持たずして国王の座を降ります。ヒトラーの動きもこの頃にはすっかりと怪しいものへと変化しているのに、一人の女性との交際のため、あっさり逃亡です。わたしにはロマンティックとは思えない。彼のとった行動は、結局国民の不安と不信を大きくしただけだ。そして何より唯一の家族、弟を窮地に追い込んだだけだ。幼少期の行動からも含め、ただの無責任で冷徹な兄です。

 そんな状況下で主人公バーティはジョージ6世として国王の座に就いたのです。偉大なる父を失い、奔放な兄に振り回され、世襲と貧困で国民の不満は更に高まっている。そんな中での着任。挨拶も失敗。かわいそうすぎます。

 着任から丸一年で今度はミュンヘン会談です。ヒトラー、その頃にはあっちこっちで暴君を発揮し、調子に乗りまくって遂にはイギリスにまで無理難題を要求してきます。しかし結局ここでは宥和政策(要は「ヒトラーの望みを叶えてあげるからこれ以上、喧嘩はやめよう」)と条約を結びます。しかしヒトラーはそんな約束なんのその、ついに第二次世界大戦を勃発させてしまうのです。

 バーティことジョージ6世のスピーチは、この時のものです。



以下、スピーチ全文。未見の方はご注意を。

 

「 この重大な 時。
おそらく史上最も 宿命的な時。
わたしは全ての 国民一人ひとりにこの言葉を 送る。

 

 … 国内と、 海外にいる者達に、心からの深い思いをこめて、
…… このメッセージが、各自の家を尋ねるが如く、
そして各自に、戸口を開けて直接話しかけるが如く、
それぞれの心に、届くことを、私は望んで、…… やみません。

 

 これは多くの者にとって
人生で経験することになる二度目の戦争です。

 

 我々は再び戦火下にーー。

 

 何度も、何度も、あきらめずに、平和的な道をみつけるべく、我々は、溝を埋める、努力を、重ねた。重ねてきました。 しかし彼らは、敵となって、 しまいました。我々の努力は、全て無駄に、終わった。もはや戦うことしか、残されて、いません。

 

  我が国は異なる主義を持つ国の、挑戦を受けてたちます。

 

 万が一、あの主義が勝利するようであれば、世界のあらゆる文明・秩序は崩壊する。あの主張からすべての虚飾を取り払ったなら、その本質はただ単に、「力こそ全て」という、原始的で幼稚なものにすぎない。我々の大切なもののためにも、世界の平和と秩序のためにも、我々はこの挑戦を、受けてたたないなど、ありえない。

 

 この高潔なる目的のため、わたしは、ここに、求める。
 我が国が大戦に至った理由を理解してくれることを。

 

 国内にいる我が民よ、海外にいる我が民よ、全ての国民よ。大義を抱いて欲しい。
 そして全員が冷静に、毅然として、一致団結し、この試練を乗り切ろう。

 

 

 それは苦難の道であり、暗黒の日々が待ち受ける事だろう。そして戦争は、もはや戦場だけで行われるものではなくなるであろう。しかし我々は、正しいことのため、我々の正義を全うする。敬虔な心で、我々の大義を、神に捧げよう。大義に忠誠を誓い続けるならば、神のご意思のもと、我々は、勝利する」


 

 ジョージ6世の真摯でそして威厳あるそして慈しみに溢れた、強く、且つ優しいスピーチ。吃音と闘いながら、涙をこらえながら、民衆へ語りかけたその"声"は、本当に素晴らしいものでした。歴史上、敵国ですがね(笑)ひとりの王の物語として。そしてその王の後任として、ひとまず仮として継承したジョージ6世の長女であり、実力と人気を確固たるものとし、今では押しも押されぬエリザベス女王として君臨していることも感慨深いのです。

 エリザベス女王は、ダイアナやカミラに対しての噂や、マーガレット・サッチャーに対する噂なども絶えないお方ですが、初めて王室にテレビカメラをいれたり、オリンピックの開会式ではパラシュートで降りて来ちゃったり。女王が統括している国も、もう数え切れないほど……。度胸というのでしょうか。圧倒的なカリスマ性を感じてしまいます。日本もいつか女性の天皇にみんなが賛成してくれる日が来るのでしょうかね。

 

過去に書いた記事もちょいちょい書きなおしたりします。記事作成日はリスト調整のため、手動でいじる事が多いため、観賞順ではありません。
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